羽根幸浩のS耐日記第7回 ドーピングについて書いちゃったけど地雷踏まないか心配です
2001年08月06日
今回は、レースの話はお休み。で、何を話すかと思ったら、ドーピングについて。FIAはオリンピックと同じ基準に基づいて基本的にレースを開催しているので、選手に対してドーピング検査があるのだ。このドーピング検査について、羽根選手自身の経験を克明に語ってくれることになった。本人は、「ドーピングのことを書くと地雷を踏んだことにならないかなァ」と心配していたが、地雷を踏んだらサヨウナラってことで、ひとつよろしく。
ドーピングって聞いたことあります? オリンピックとかでよく聞くアレです! もう去年(2000 年シーズン)のことだから、話してもいいかなァ? 地雷踏んだことにならないよね! 「大丈夫ですって」と、横から編集部関が無責任に囁いてくる。そうかな、そうだよね。じゃいいか。
実は僕が、初めてFIAのドーピング検査にひっかかった日本人なんです。あんまり誉められたことじゃないんで、大きな声じゃ言えないんですけど。ハハ。
あれは、去年の第2戦エストリル(スペイン)でのこと。予選を終わってメカニックと話をしているとオフィシャルの女の子が、なんか僕のこと誘ってる。マイッタナァと思ったのは勘違いで、メディカルセンターに大至急来い! て言ってる。身体どこも悪くないんだけどなァ、なんだろ? って思いながら大雨の中センターに向うことに。
するとそこには、ドクターが二人いてドーピング検査をするってことでした。
ドーピング検査は、ドーピングキット(検査用のコップが二つ入った袋)をたくさんの中から選ぶことから始まります。すべてに番号があって、選ぶとその番号を書類に書き込みサインさせられる。これは間違いなくあなたのオシッコですって管理されるわけです。
検査方法の説明とドクターの自己紹介、そして質問をいくつかされます。その中には、持病で飲んでる薬はないか? とか、健康状態はどうだ? とか、僕は後ろめたいことは何もしていないので、あまり深く考えず簡単に答えていきました。実はこれが日本人の悪い癖! よく聞いて答えなければならなかったんです。後の祭りですが……。
センターには二つの部屋があって、ガラス越しにもう一人のドライバー(ヘイズマン)が同時に同じことをしているのが見えます。渡されたコップに75cc 以上のオシッコを取るよう言われ、横にあるトイレに入ります。チャックを開けて出そうと思うと……。ドクター、そこで何やってんの? 僕がするのを、マジマジと覗き込んでいるではありませんか! これには、さすがの僕のご神体も、ビックリしてなかなか出てきません。トイレの水や何か別の液体を混入しないか、監視されているわけです。
おかげで、オシッコの量はコップの規定ラインにはほど遠い状態。で、いったん仕切り直し! トイレを出ます。すると、ドクターからペットボトルの水を渡され「ゆっくりやれ!」って言われるわけです。隣も同じように水を飲んで飛び跳ねていました。最高3 時間かかったやつがいた、なんてオソロシイ話を聞きながら、「出ないから後じゃダメか?」って聞くと、「75cc出すまではここから一歩も外へは出せない」と怖い顔して言うんです。またプレッシャーがかかっちゃって、それから約45分かかって75ccを達成! これは結構嬉しかった! オシッコの濃度を計られ、合格すると晴れて外へ出してもらえるんです。汗をかいた後なんで、みんな出にくいらしく、出した後に喜びのあまりコップをひっくり返しちゃって、やり直しということもあるらしいです。
FIAの場合、出場者全員が検査を行うわけではなく、無作為に選ばれた何人かが呼び出され検査を受ける仕組みです。後で聞いた話しですが、選ばれた人はその日に朝から担当が付き、検査までずっと監視されているらしいのです。オフィシャルのオネーチャンは、僕に気があったわけではなくお仕事をしていたんですね。当たり前ですけど。
そんなことがあったことは、すっかり忘れてしまった約1ヶ月後。1通というにはあまりにも分厚い郵便が、自宅に送られてきました。約30ページにも及ぶ分厚い英文の書類! なんだこれ。
宛名はFIAからでした。
そこには、「あなたはドーピング検査において、カフェイン反応が陽性と出ました」と書いてありました。「あなたが異議を申し立てる場合、2週間以内に再検査の要求を申し出なければなりません。その場合、検査を行ったエストリルのドコソコという機関に出向いて再検査を受けることができ、このとき主治医を同伴しても構いません。尚、これらの費用は自費になります。云々」という文章と、そのときの検査結果が綴られた資料が……。これには正直ビックリ!
ところで、カフェインって身体になんか悪い作用があんの? 正直ピンと来ないまま、FIAの担当に電話。いろいろ説明を聞いてみると、僕の説明がよくなかったのか、とっても冷たい返答でJAFにコンタクトを取って指示を仰げとのことでした。
ちなみに、僕とFIAのやりとりはおおよそこうでした。
「ドーピング自体の内容はもちろん、ドーピング検査が厳しくFIAのレースで行われていたことすら、参戦2年目にして知らなかったんです。許してくださいよ」。FIA曰く、「それが一番の罪だ」って。たしかに……。「でも、量だって少しだし、知らなかったんだし、勘弁してください。ネ?」。FIA曰く、「それが二番目の罪だ」って……。
こういうことなんです。決めごとである以上、規定量を微量でも上回った場合、「何を言ってもダメ規定」なんです。よくある、日本の曖昧なやり取りは一切通用しません。「検査を知らなかった」なんてのはそれ以前の問題で、「お前はプロなんだからルールにのっとった自分の身体管理は当たり前だろ」と言うことなんです。返す言葉もありません。
仕方なく、JAFに連絡して指示を仰ぐことにします。
釈明文、それ以前の食生活や、薬の服用をレポートにして提出。その後事情聴取。
幸いにもJAFに処分をゆだねられていたので、故意でないこと、カフェインの量が微量であったことなどを考慮していただいて、以後厳重注意!! ということで、なんとか処分は免れることができました。
そのあと、ドーピングに関する書物を読んでみると、風邪薬だめ! 日本茶ダメ! 紅茶ダメ! コーヒー量が多いとダメ! コーラダメ!
日常気にせず口にしているもの中に、ダメなものがなんと多いことか!! 故意に摂取するものでなくても、日常にドーピングに引っかかるダメなものは山ほどあるではありませんか! 点滴なんてのは、故意に体液の濃度を変えることになるのでもってのほか!! オマエは証拠隠滅するつもりか!! となる。これはおちおちレース直前に体調を崩すことすらできません。日常生活から身体管理をしていないと、ほとんどドーピングに引っかかると思ったほうが間違いないくらいです。ちなみに、愛飲のユンケルなんて飲んだら一発で出ちゃいます。これは、おじさんにゃツライ。
そんな厳しい身体管理を要求されるなんて、自動車レースをしっかりスポーツとして捕らえていることや、文化としての認識の違いを感じられずにはいられませんでした。世界と日本ではかくも違う。いやはや勉強になりました。
今は心を入れ替えて、レースウィークはほとんど水しか飲んでません!